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Statements / 2017年4期10月9日〜12月11日
ワークショップ開講にあたり 金村修が寄せたテクスト
2017_03
ステートメント
写真と遺品はよく似ている。写真が今現在あるものを、かつてあったもの、それはあったけれど今はないものに変容させるなら、持ち主のいなくなった持ち物は、その持ち主が亡くなったという理由によって、それは遺品に変容される。写真は撮影した瞬間に、今現在そこに存在していた対象を“かつてあった”ものに、遺品の場合は使用者が亡くなったという事実によって、今現在も存在し続ける持ち物に対し、不在の刻印を刻む。
被写体の人物が亡くなれば、そのポートレート写真は遺影に使用されるだろうし、日常的に使用していた持ち物も、それを使用していた人が亡くなれば、それは遺品と言われるようになる。道具として使用されていた持ち物に、遺品という別の価値が使用者の死によって与えられる。使用されて、耐久年数を越えればジャンクとして処理されるはずだった持ち物が、半永久的な価値を持った遺品に変質する。
故人の名前を刻み込まれたものが遺品であり、それは写真のように匿名性を目指すものではない。作家名を刻み込もうとしながらも、最終的には作家の名前を抹消しようとする写真と違って、遺品は名前が重要な意味を持つだろうし、一般名詞としての持ち物を固有名詞に書き換えるのが遺品ではないだろうか。写真が固有名詞を廃棄する方向に行くなら、遺品はあらゆるものに固有名詞を刻み込もうとするだろう。
遺品は死者とイコールの関係でありながらも、それは死者の断片化を促進する。形見分けとは、だから死者のさらなる断片化、分割化を駆り立てるだろう。それは単一としての故人を複数の故人に転化させる行為でありながらも、無数の形見に分割された故人は、いくら分割されても故人という単一の起源からは解放されることがない。写真の場合は現実を断片化、分割化し、最終的には対象の名前と起源を無化しようとするのに対して、遺品は最後まで起源の名前に固執する。それは名前を放棄されたものは、どこにでもある単なるものに変質してしまうからだ。写真は対象を単なるものにまで還元させようとするのに対して、遺品は単なるものに対して偶像的な価値を与え続ける。
写真と遺品は、それはあつたけれど今はもうないという性格を基本に成り立っているものであり、写真の場合は、写した対象をすべて過去の領域に置き換えてしまうメディだから、撮った瞬間にすべての対象を遺影や遺品に変容させる。写した対象が生きていようが、死んでいようが、現在使用中のものなのか、廃棄されたものなのか関係なく遺影化、遺品化してしまう。遺品が価値を表出するのは、その使用者が亡くなったという事実によって表出されるのであり、使用者の死が、日常的に使用された持ち物に対して遺品の価値を刻印する。 いなくなったことで存在を呼び込まれるのであり、いなくなるとは、だから無ではなく、いなくなったことで生きていたときの存在とは違う存在がわたし達の前に現れるのではないだろうか。亡くなったことで生きていた人間の存在が初めて痛感されるように、いなくなったことで、残された人に対してその存在が痛烈に現れる。いなくなるとは消えて無くなることではなく、さらにリアリティーをもって現れることであり、事故や自死のように、いなくなったことで、残された人間の記憶に、生涯忘れることができないような事態をときには刻印させてしまう。いなくなることで、生きていたとき以上のリアリティーをもって存在が現れる。ジャコメッティが、屍体の方が生きている人間よりリアルだといったように、遺品という物質に転化された人間の生は、半永久的なリアリティーを獲得するだろう。
「子供に死なれた母親は、子供の死という歴史的な事実に対し、どういう風な態度をとるか」(小林秀雄「歴史と文学」)。母親にとって子供は代替不可能な存在であり、代替不可能な存在の喪失に対して母親のできることというのは、死んだ子供の歳を数え続けるような未来のない後悔だけではないだろうか。戻って来ない過去を振り返って、いつまでもくよくよし続けることしかできないのが母親の態度であり、歴史的な事実になった子供の死は、それが代替不可能な存在の死であるなら、歴史に対して母親は、ただ後悔し続けるしかできないだろう。
歴史には死人しか登場しない。歴史的な事実になることは死ぬことだ。歴史的な事実というのは、代替不可能な子供の死が客観的な事実として記述できないように、それは直線的な時間の流れのような歴史に客観的に表されるものではない。死者は数値化できない存在であり、そんな死者のリアリティーが、客観的に記述されることを拒否するだろう。死んでしまったものに対しては、ただくよくよと歳を数えることしか残された人間にはできないのだ。歴史はだから未来のためにあるのではなく、ただ過去を悔やむために存在するのであり、例えばそれが写真なら、アジェ、アボット、ボルツというような無数の写真家が亡くなったことを後悔するためにだけ写真史は存在する。写真史は未来に連なる歴史ではない。写真史は、死んだ子供の歳を数え続ける母親のように追悼と鎮魂のための歴史なのだ。
写真に撮られた時間は、二度と戻って来ない時間であり、その時間を二度と撮ることはできない。そのような代替不可能な写真は、代替不可能という意味では死んだ子供とよく似ている。写された対象は代替不可能な存在であり、写真はだから対象を強制的に遺影化、遺品化してしまうことではないだろうか。写真の遺影化、遺品化とは、撮影された人間やものを代替不可能なものに転化することであり、そのような対象を日々量産し続ける撮影は、代替不可能なものを大量に増産する。それは過剰に増産されることで、代替不可能なものをインフレーション化させるだろう。写真は代替不可能な悲しみをインフレーション化して、いつかその悲しみを刷られ過ぎた紙幣のように粉々に打ち砕くだろう。写真は代替不可能なジャンクを量産することなのだろうか。それとも代替不可能な存在をインフレーション化することで、存在から価値を廃棄させることなのだろうか。
写真は未来の可能性を切り開くような前向きな仕事ではない。戻ってこない過去をいつまでも考え続ける後ろ向きの行為であり、それは死んだ子供の歳を数え続ける母親の態度と似ているように見える。死んだ子供の年を数える母親の行為は、個別的、特殊的で、根源的には誰にも理解できない行為であり、誰かに理解してもらいたいがゆえの行為でもない。表象不可能な部分を抱え込んで成立しているのが死んだ子供の年を数える母親の行為であり、その根源的部分には誰にも共有できない理解不可能な闇を抱えている。遺品はそのような闇を背景にして成り立っているものであり、けれどそれが一度写真化されれば、その理解も共有も不可能な闇の部分が切り捨てられ、表層化された遺品が無数に複製され、大量に流通させられる。それは共有不可能な闇が持つ誰にも理解できない表象不可能なオーラを抹消する行為であり、遺品を写真で撮影するということは、遺品自体を破壊することだ。写真は遺品を二次元の印画紙に表層化させる。 写真はかつてあったものを無限に複製できるのに対して、遺品は基本的にただ一つのものしか存在しえない。複製不可能なものが遺品の特性であり、写真と遺品の違いはそれが複製可能なのかということだろう。遺品が故人の文脈から切り離せないものであり、取り替え不可能な唯一つのオリジナルであるなら、遺品を撮影するということは、遺品の複製不可能な唯一つのオリジナル性を、複製可能なものに転換させることだ。取り替えのきかない唯一つの個別的なものを写真は無限に複製する。遺品を撮影することは、遺品の唯一性を剥ぎ取ることであり、唯一性を剥ぎ取られた遺品は、遺品ではなくただのものに転化されるだろう。ただのものに転化された遺品は人間の領域から解放され、物質の領域に解放される。
遺品はその使用者が亡くなったことで初めて価値を生み出す。遺品の価値の源泉は現実の使用者の死であるが、写真は、現実の死に価値の源泉を求めない。生きているものを遺影化、遺品化してしまうのが写真の特性であり、写真の価値は、現実の被写体の人間の生死が生み出すものではない。写真の価値は被写体によっては決定されない。なにを撮っているかの、“なに”は写真にとってはどうでもいい問題でしかなく、遺品の場合は、その遺品は誰の遺品かという“誰”という内容によって価値が決定される。遺品を“いかに”撮るかというのが写真であり、遺品そのものには、そのような“いかに”という問題は発生しない。内容よりも形式が写真にとっての問題であり、遺品にとって重要な問題は、形式よりも内容だから、写真と遺品はそこで決定的な差異を持つ。
遺品は現実に存在していたものの痕跡であり、その痕跡が過去の現実を想起させる。それは存在していた現実の一部の痕跡でありながら、かつてあった現実を全体的に想起させる。遺品は存在していた過去の現実におおきく依存し、その遺品は誰のものだったのかという所有者の名前が遺品の価値を決定する。誰のものか分からない遺品は存在しないだろうし、誰の遺品か分からないものが発見されても、その遺品は誰のものだったのか、どの年代でどこの国のものか、どういう状況でこれがここに存在したのかという実体への推測が求められる。遺品とは実体であり、かつて所属していた現実の場所と名前が探求される。遺品に抽象性や匿名性が入る隙間は存在しない。遺品はつねに誰かのものであり、故人という具体的な所有者から自由になることはありえない。
遺品にとって所有者の問題は重要であり、それを使用していたのは誰なのかという所有者の存在から遺品は逃れられることができない。遺品はだからそれだけで自立することができないだろうし、現実の文脈や意味に寄りかかざるをえない。遺品にとって重要なのはそれが誰のものだったのかということであり、遺品とは所有者の全体像を想起させる手段なのだ。
写真も遺品と同じようにかつてあった現実の断片でありながらも、その断片からかつての現実の全体像を想起させるものではない。ロバート・フランクの『AMERICANS』を見て、50年代のアメリカの全体像が想起されるだろうか。アメリカというのはこんな国なのかという感慨よりも、フランクのおぼつかない足取りの写真には、50年代アメリカの全体性を想起させようという意思が感じられない。写真は遺品と違って対象の全体性を想起させるメディアではないのだ。むしろ全体性を断片化することがフランクの写真こそが写真の特性ではないだろうか。
統一した全体像が存在しないというのが写真の立場だと思う。誰もが思い浮かぶ全体像というのは、通念化されたイメージでしかなく、写真は被写体からそのような通念化されたイメージを剥ぎ取るために存在する。通念化された全体像を無効にするために、さらなる断片化を促進する写真に対して、遺品もまた故人の断片化を促進するだろう。遺品が問題にするのは、その持ち主だった人間の全体像でありながらも、遺品とは持ち主の断片でしかなく、戻ってこない持ち主の全体像を遺品に求め、残された故人の遺品を集め続ける行為は、遺品が集まれば、集まるほど、かつての全体像がさらに断片化される。遺品が故人の全体像を提示するのは不可能だから、どの遺品もつねになにかが足りない、欠損状態のものとして遺品は現れる。
遺品が現実の所有者の名前を強調するのなら、写真に撮影された遺品は、所有者の名前を抽象化することで、その物質性を強調する。特別な誰かのものから、誰のものでもない物質へ。けれど遺品から誰という所有者を消えてしまったらそこになにが残るのだろうか。そこに残るのは、使い古された使用品というジャンク性の露呈であり、けれどもののフェテシズム性とは、そのような無名のジャンクにこそ宿るのであり、無名性が強くなればなるほど、フェテシズム度が倍加される。遺品の匿名化がフェテシズム性を増進させ、誰にも共有できなかった固有の悲しみが、物質化されることで悲しみを、誰もが魅了されるフェテシズムへと共有される存在に変貌する。
写真化された遺品は、アートマーケットでの流通や写真フェスティバルで出店され、他の写真と比較されることで新しい価値を獲得するだろう。写真化された遺品は、エディションと値段に数値化され、売買されることで、マーケットでの価値を獲得する。そのような過程を通過した遺品は、すでに商品であり、遺品、作品、商品という融和できない三つの関係に分裂されるだろう。遺品と作品と商品は決して融合することも止揚することもできない。それは分断されたままバラバラに存在する。
商品化とは、表象不可能、代替不可能なものを数値化することであり、それは死んだ子供の歳を数える続ける母親の嘆きの気持ちにもう一つの嘆きを追加するだろう。歴史化された死は、数値化されるという事実。死の関与は、作品を美しくするという事実。資本主義化の社会の芸術は、死んだ子供の歳を数え続けるような鎮魂と追憶を不可能にする。嘆きの深さを商品の付加価値として要求するのだから、資本主義社会では、鎮魂と追憶が商品化されるために、それが不可能であると嘆き続けるしかないのだ。誰も商品化から逃れることができない。
商品化とは、嘆きと後悔を無限に引き伸ばし続けることであり、嘆きと後悔という表象不可能な個別の領域が、商品を活性化させる。商品だからいつまでも嘆き続けることを命令するだろうし、表象不可能な領域の存在が、商品の成立を可能にする。誰にも理解できない闇の領域が商品にとって必要な領域であり、それは芸術が活性化するための栄養源として嘆きと後悔が活用される。
金村修

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